コンサート中止のお知らせ
シタールアキ子さん主催のコンサートは中止となりました。出演に関して私だけ伴奏が付けられませんでした。理由は明確になっておりません。そしてその後の対応を何もされなかったため、その前からやり取りに不安も募ってしまい苦渋の決断でした。 情報共有と確認作業を怠ったことで生じた問題は、悪意の有無とは関係なく、正当化されるものではない。今回の件は大変勉強になりました。
これまで多くの困難がありましたが、それでも信頼できる方々と出会えたことで、まだ音楽を続けたいと思えています。音楽は人の心そのもの。これからも誠実に学んでいきたいと思います。
誰でもミスはあるので勘違いは仕方ありませんが、その前に4回ほどプログラムについて直接尋ねており、一切詳細をお答えいただけていませんでした。他の企画のご自身の要望などはたくさん連絡がきていました。
問題が起きたあとも、「伴奏ありでいいのね?」とまるで私が間違えているかのような反応をされ、すぐに謝罪やきちんとした説明義務も果たされませんでした。正義を振りかざしたい訳ではありせんが、悪気がなければ何をしても良いのでしょうか? 年下であればどんな態度でもよいのでしょうか? 情報共有をしなかったことは明らかに主催側のミスであり、中止になったあともしっかりとした説明はありませんでした。 このインド音楽の世界では、そういった情報共有をしないことがルールで、悪気がないんだから理解してあげなよ、という理不尽な風潮が普通なのであればそれは私が無知でした。非常に勉強になりました。 一般常識な、感覚でいえば、先輩であろうと、企画者がしっかりとマネージし、できうる限りの対処をすることが責任だと思っています。 他のイベントに集中してこの企画への優先順位は低かったのかも知れませんし、私が何度も確認したこともご自身の事で頭がいっぱいで聞いていなかったかもしれません。 私は自分で企画したイベントを忙しいからという理由で、集客ゼロのまま丸投げしたり、今回のように、管理出来る余裕がないのに企画を誘うのは少し違うのではないかと思いました。 もちろん、大変有難いことであり、そのために衣装や練習準備をしていました。 他の方が、私以外の動画を載せ、3人で演奏すると言った場合、周りからも今回はそのような内容だと思われるのに、なぜ主催者として削除要請もしなかったのか、。何一つ、対応をして頂けなかったことが非常に悲しく思っております。人の犠牲の上に成り立っている活動ということを忘れて欲しくはありません。
そして、ご自身は悪くないと思っていることも理解していますし、周りの方もそうでしょう。インドではグル姉妹の伴奏を外すことはよくあるそうです。 それは相手を陥れ自分より上手くさせない為だそうです。だから彼女たちはグル姉妹からは距離を置いていると言っていました。インドのクラシカルボーカル数人にお聞きしました。 特殊だと思いますが日本でも例外ではありません。前回も彼女の十八番の曲を当日にやらされ「出来ないの??」と言われましたがそういうのって音楽的にお客さんが聞いても面白くないですし、そんなマウントみたいなことをしなくてもいいのにとは思いましたが先輩なので甘んじて受けなければなりません。けれど健康的ではないと思います。きっと今までもそうされてきたのでしょう。
ただの一般常識のはなしですが、何方も一般常識の話が通じそうな方は居ませんでした。 何も難しい事は言っていませんでしたが、私が感情論で辞退したと思っているようです。 私は主催の方が何も義務を果たさなかったから拒否しただけです。とても悲しかったです。 続けられていることは尊敬しますがなぜ続けられているかも分かりました。私には単なる迎合と事なかれ主義に見えました。
また、このことから安心できる相手、一緒に地獄まで落ちても構わないと思える相手とのイベントでないと出演してはいけないのだと大変勉強になりました。 企画はとても大変だと思いますが、やはり情報共有くらいは最低限するべきだと思いました。この世界では一般的な感覚が全く通用しないことはよくあります。インドでは当たり前だと思いますが、場所に関わらず日本でも同様かと思います。悪気がないことは免罪符ではありません。日本ではこうした空気を読まない私のようなヒトが責められる傾向がありますが、荒野を耕すしかありません。だからこれから目の前の私を大切にしてくれる大切な人に出会ったら沢山大事にしよう。
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